左の写真は当塾の88鍵(現在普通に使われている大きさ)のものですが実はこの音域をフルに使えるようになったのは19世紀に入ってしばらくしてからです。ベートーヴェンはその生涯の中で鍵盤楽器の音域がどんどん広がっていくのを目の当たりにしたはずです。それに伴い表現力も飛躍的に大きくなったのです。前述の項目で述べた29番のピアノ・ソナタ(ハンマークラヴィアと名付けられている)では当時進化し続けているこの楽器の性能を生かす試みがなされています。このあと20世紀に至るまでこの88の鍵盤の無限の可能性を作曲家たちは求め続けたのです。
ところでバッハの数々の名曲はどのぐらいの音域の中で作曲されているのでしょうか。左の写真では88鍵の楽器のうち一番左のド(ハ長調で)から4つのオクターヴ上のドまでたった49鍵しかありませんが300年近くたった現在でも曲の持つ輝きは衰えるどころかますます光を増すばかりです。30年以上も前にブランデンブルグ協奏曲第5番(チェンバロと独奏ヴァイオリンと独奏フルートのためのコンチェルト)ですが演奏する機会がありましたが、華麗な響きとテクニックに彩られた名曲をこの狭い音域でよく書き上げたものだとひどく感心したのを思い出します。